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2009年 07月 24日
十五世紀に加わった西の薔薇窓は、
新約聖書の『ヨハネ黙示録』の絵図。 色とりどりのステンドグラスに輝く教会は、 黙示録の描写する天上の都に模されるそうだが、 この薔薇窓の制作者はこの礼拝堂を、 まさに天上の都と見立てたのだろう。 ステンドグラスを 天上界の象徴としてあおぎ見るのでなく、 天上界の建物そのものとして地上に降ろす。 権力のありどころが聖職者から王に変わり、 人の意識も変わったように思う。 薔薇窓中央。ヨハネの見たキリスト。 黙示録の描写に従っているのだが、 それにしてもものすごいものがある。 イエスは天上界に行ってひとが変わっちゃうのか、 それとももともとこういうひとだったのか。 聖書の記す聖なる存在の正体の分からなさは、 この世のわけの分からなさを反映している。 思いたいように思いたい人間の思惑を吸収し、 かつ思惑を越えてしまう意外性に満ちている。 * * * * 建物の話はこれでおわり、来週は美術館の話など。
by pippinrose
| 2009-07-24 09:03
| 外国
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Comments(2)
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mohariza6 at 2009-07-25 16:37
「聖書の記す聖なる存在の正体の分からなさは、
この世のわけの分からなさを反映している。 思いたいように思いたい人間の思惑を吸収し、 かつ思惑を越えてしまう意外性に満ちている。」 との、記事・・・、考えました。 私は、「その時代の人間は、そう思った」証(あかし)が作品として残っている、と思います。 当時の人間の宇宙観(世界観)は、現代の私達と、違う気がします。 当然、日本の古(いにしえ)の人の感覚も、現代の人と違うかも・・・。 古(いにしえ)の感覚を知る為には、もの(:芸術作品等)が一番かも・・・。 その為にも、古い財産は、いつまでも、残すべきと思います。
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ぴぴん
at 2009-07-26 14:35
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moharizaさん 聖書はわたしにとっては、
汲めども尽きぬ井戸のように、わけのわからない本です。 今のところ、個人の力では抗しきれない暴力的な状況の、 乗り越えの挿話に満ちていることが、わたしにとっての魅力です。 他のひとはまた、異なったところに強調点を置き得るでしょう。 ここ一年ほど仏教の経典もぽちぽち読んでいますが、 こちらも経によって強調点が違うので、 ひとによって、合う宗派というのがあるだろうなと思っています。 >古(いにしえ)の感覚を知る為には、もの(:芸術作品等)が一番かも・・・。 物にしても書にしても、それを読み解く力が人間の側に必要だと思います。 もちろん、物がないと読み解きもできないので、 残っていてくれないと始まりませんが。 どのように残すかも、なかなか難しい問題です。 大英博物館は、ギリシャやエジプトから遺物を「返せ」と言われてますね。 「集めたからこそ保存が成ったんだ」という言い分と、 「現地の文脈から切り離されれば意味を失うんだ」という言い分。 どちらも理があり、難しいところです。
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